「記者会見なんて開いたら、火に油を注ぐだけではないか」「顧問弁護士は『まだ何も言うな』と言っている」。不祥事や事故が起きた直後、社長の頭に浮かぶのはこうした迷いです。そして、この迷いが生む数日の空白そのものが、あとから批判の対象になります。
クライシスコミュニケーション研修というと、模擬記者会見で話し方を練習するものと思われがちです。しかし経営層に本当に必要なのは、会見の前に下す「判断」の訓練です。この記事では、社長が有事に迫られる5つの判断を、公的機関のルールと2024年から2025年の実例をもとに整理します。
- 経営層向け研修で鍛えるのは話し方ではなく、公表・登壇・手段・優先順位・線引きの5つの判断です。
- 公表は法令義務・被害拡大防止・レピュテーションの3基準で決め、「原因が確定してから」と待つのが典型的な失敗です。
- 会見は「謝罪する人」と「説明できる人」を分け、可能なら複数で臨むのが基本で、社長が出ても説明しなければ隠蔽と受け取られます。
- 記者会見の要否は死傷者・注意喚起の必要・社会問題化などの基準で決まり、該当しなければHP掲載と個別説明で足りる場合があります。
- 弁護士と広報の意見が割れたら両方を聞いて社長が決め、事業を止める範囲には収束後に検索結果へ残る痕跡まで織り込みます。

事業を止める判断では、目先の費用に加え、検索結果に残る痕跡も考慮します。公表や続報の出し方が、収束後の採用や取引にも関わります。
経営層向けクライシスコミュニケーション研修とは?管理職向け研修と何が違うのか
クライシスコミュニケーションとは、不測の事態を未然に防止するための、そして万一不測の事態が発生した場合にその影響やダメージを最小限にとどめるための、情報開示を基本としたステークホルダーへの迅速かつ適切なコミュニケーション活動です。この記事では、後者の「発生した後」の判断を中心に扱います。
一般的な研修は「話し方」を鍛える。経営層に必要なのは「判断」の訓練
研修会社が提供するメディアトレーニングの多くは、メディアの仕組みを学ぶ講義、模擬記者会見、映像を見ながらの振り返りという構成です。
これらは「会見で何をどう話すか」の訓練として価値があります。ただ、社長が本当に問われるのは壇上に立つ前の段階です。公表するのか、誰が出るのか、会見を開くのか文書で済ませるのか。この判断を誤ると、どれだけ話し方を練習しても取り返しがつきません。
判断そのものを扱う研修もあり、SOMPOリスクマネジメントのセミナー案内では「対外公表判断の基準や記者会見の広報手段の選択、公表方針等の検討のポイント」が提供ノウハウとして挙げられています。
管理職向けとの違いは「決める側」に立つこと
管理職向けのSNSリスク研修では、管理職自身の発信、部下への指導、部下の投稿を発見したときの初動や社内報告などを扱います。内容は管理職こそ知るべきSNSリスク!従業員と会社を守るための実践的研修レポートで紹介しています。
経営層向けは、その報告を受けて、全社の公表方針や事業への影響を「決める側」に立つ訓練です。日本取引所自主規制法人の「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」は、冒頭で経営陣、とりわけ経営トップによるリーダーシップの発揮が重要だと述べています。上場会社向けの文書ですが、求められる姿勢は会社の規模を問いません。
私がブランドセキュリティ事業部で見てきた範囲では、判断が遅れた会社には共通点がありました。社長に第一報が届いてから決めるまでのあいだに、「もう少し様子を見よう」という時間があったことです。その間に憶測を含んだ投稿が広がり、検索結果の1ページ目が第三者のまとめ記事で埋まっていく例を目にしました。
判断1:公表するのか、いつ公表するのか。「事実が固まるまで待つ」は正解か
公表を決める3つの基準(法令義務・被害拡大防止・レピュテーション)
公表するかどうかで迷ったとき、判断の入り口は次の3つに整理できます。
- 法令などによって開示や公表が義務付けられている事案かどうか
- 被害の発生や拡大を防ぐために、社会へ注意喚起が必要な事案かどうか
- 公表しないことで、会社の評判(レピュテーション)への影響がかえって大きくなる事案かどうか
1つ目は、社長の判断ではなく法が手続きと期限を決めている領域です。ここで注意したいのは、行政への報告、本人への通知、一般への公表は別の手続きだという点です。
たとえば個人データの漏えい(滅失や毀損、そのおそれを含みます)は、要配慮個人情報を含む場合、財産的被害のおそれがある場合、不正の目的によるおそれがある場合、1,000人を超える場合のいずれかに当たれば、個人情報保護委員会のガイドラインが定める報告義務の対象になります。
消費生活用製品の重大な製品事故も、製造・輸入事業者には消費者庁への報告期限が定められています。下の表は行政への報告期限で、一般への公表をいつ行うかは別に判断が必要です。
| 事案 | 報告先 | 期限 |
| 個人データの漏えい等(報告対象に該当する場合) | 個人情報保護委員会 | 事態を知ってから速報は概ね3〜5日以内、確報は30日以内(不正の目的によるおそれがある場合は60日以内) |
| 消費生活用製品の重大製品事故(製造・輸入事業者) | 消費者庁 | 知ったときから10日以内 |
社長の判断が本当に必要なのは2つ目と3つ目です。法令上の義務がなくても、必要な情報を自ら先に説明することは、不信感の広がりを抑えるうえで重要です。
「原因が特定できてから」という典型的な失敗パターン
公表を遅らせる典型的な理由が、「原因が特定できてから発表したい」という判断です。ある製薬会社の事例では、健康被害の症例が報告されたのが2024年1月中旬で、公表は同年3月22日でした。同社が同年7月に公表した取締役会の総括は、この公表時期を「適切でなかったと言わざるを得ません」と自ら認めています。
総括は遅れの原因として、行政報告を行うのは「因果関係が明確な場合に限る」という従来の解釈基準を採用して原因究明に注力し、健康被害の発生や拡大の防止を最優先に考えることができなかったこと、危機管理における経営のリーダーシップの発揮や適切な経営判断がなされなかったことを挙げています。
一方で、組織的に隠蔽しようとする意図や行為は確認されなかったとも記されています。隠す気がなくても、「確定してから」という考え方だけで2カ月の遅れは生まれるのです。
情報開示について、把握の段階から再発防止策実施の段階に至るまで迅速かつ的確に行うべきです。第一報、中間報告、最終報告の三段階に分けて出す考え方が正解で、「不完全でも出す」が原則です。
第一報が社長に届く報告ルートの作り方は炎上は「スピード」が命!鎮火を早める社内報告・承認フローの作り方をご覧ください。
判断2:誰が矢面に立つのか。社長が出るべき場合と、出てはいけない場合
「責任を取る人」と「説明できる人」は別でよい
「社長が出るべきか、担当役員でよいか」という二択で悩む方は多いのですが、実務の考え方は少し違います。登壇者を決める判断軸は3つあります。
- 事案の重大性。被害者がいる事案では、責任者である社長の登壇を前提に検討します
- 社長自身の説明適性。事実関係を把握しているか、追及されても感情的にならずにいられるか
- 説明役の有無。技術・品質・法務の責任者が同席して細部を補えるか
社長が出ても「説明しない」会見は隠蔽と受け取られる
登壇者を決めても、その場で説明しなければ意味がありません。あるテレビ局の事例では、2025年1月17日の初回会見が記者クラブ加盟社限定でテレビ取材を認めない形式で行われ、内容も関係者のプライバシーを理由にほとんど説明しないものでした。
この対応が「隠蔽ではないか」という批判を呼び、10日後の1月27日に開かれたやり直しの会見には、正午時点で160社400人の報道関係者が登録しました。会見の冒頭で社長と会長の辞任が表明され、会見は翌28日午前2時23分まで、10時間を超えて続きました。
初回で説明を避けた判断が、2回目の負担を何倍にもした事例です。出るか出ないかと同じくらい、出たときに確認済みの事実を誠実に説明し、答えられない質問にはその理由と追加説明の見通しを示せるかが問われます。
壇上での言葉選びについては、火に油を注いだ社長の謝罪文|専門家が指摘する3つの致命的な過ちで解説しています。
判断3:記者会見を開くのか、文書や動画で済ませるのか
会見を開くべきかは3つの軸で決まる
「うちのような会社が記者会見を開くなんて」と考える社長は少なくありません。しかし会見の要否を決めるのは知名度ではなく、事案の性質です。危機管理の専門会社が公開している目安や弁護士の見解、過去に会見が開かれた事例を突き合わせると、判断の軸は次の3つに整理できます。
- 人への被害があるか。
死傷者が出た事案や、顧客・消費者に緊急の注意喚起が必要な事案は、会見を開いて広く伝える必要があります - 社会がすでに動いているか。
事案が社会問題化している、公表前にスクープが出た、誤った風評が広がっていて公式に説明しなければ誤解が定着する、という状況では文書だけでは追いつきません - 外部から会見を求められているか。
監督官庁が会見を行う、または会見を要請している、複数のメディアや記者クラブから開催の要望がある場合は、開かないこと自体が批判の対象になります
このほか、経営陣が著名で「開かなかったこと」が話題になりやすい会社も、会見を前提に考えたほうがよいでしょう。ただし、これらは機械的に当てはめる基準ではありません。事案の内容や社会からの関心度を総合的に見て決めるものです。より詳しい目安は、エス・ピー・ネットワークが公開している緊急記者会見の開催判断の基準も参考になります。
該当しなければ「HP掲載+SNS公式+個別説明」が選択肢になる
上の基準に当てはまらなければ、記者会見以外の手段も選択肢になります。公表の手段は、適時開示、ホームページへの掲載、SNS公式アカウントでの発信、記者会見、社告などを組み合わせて決めるものです。
ただし、私たちがご相談を受ける中でよく耳にするのが、「うちは大企業でもないし知名度もないから、記者会見なんてありえない」という経営者の思い込みです。知名度は会見の要否を決める基準ではありません。被害者の有無や社会的な影響によっては、会社の規模にかかわらず会見が必要になります。
文書で済ませると決めた場合も、質問窓口を一本化し、続報をいつどこで更新するかを決めておいてください。説明しない理由が伝わらなければ、責任回避と受け取られるおそれがあります。
判断4:弁護士の助言と広報の意見が割れたとき、社長はどちらを優先するのか
「法的責任の限定」と「誠実さの表現」は対立しやすい
有事の対策本部で、弁護士と広報の意見が割れることは珍しくありません。法務は「責任をどこまで認めるか」を限定しようとし、広報は「誠実さがどう伝わるか」を重視します。どちらも役割として正しいのですが、この2つが対立したまま進むと、メッセージが矛盾したり、発信そのものが遅れたりします。
弁護士は法的責任を評価する立場、PR会社や危機管理コンサルタントは道義的責任への対応を担う立場で、初期段階から両方を同席させるのが原則です。
どちらか一方だけに従うと何が起きるか。典型的な失敗は2つのパターンに分かれます。「法律違反ではない」を判断基準にして、ルールに反する行為を公表しないまま外部に暴かれるケース。そして、弁護士の助言どおりに責任の範囲を限定した表現を通した結果、法的には問題がなくても道義的な部分で批判を受けるケースです。
社長の役割は「どちらかを選ぶ」ではなく「両方を聞いて決める」
判断1で触れた製薬会社の事例は、この問題を考える材料になります。「因果関係が明確な場合に限る」という従来の解釈基準に沿って原因究明を優先した結果、行政への報告と製品回収が遅れ、取締役会は健康被害の発生や拡大の防止を最優先に考えることができなかったと総括しました。
法規制への適合性は総括の時点では検討継続とされていますが、取締役会は被害防止と経営判断に問題があったと結論づけ、代表取締役の辞任という経営責任につながりました。
実務での指針はシンプルです。弁護士には「言ってはいけないこと」を、広報には「言わなければいけないこと」を出してもらい、その両方を満たす表現を社長が決めます。当事者である経営陣だけでは判断が偏りやすいため、社外役員や外部の危機管理の専門家を早い段階で入れることも弁護士の側から勧められています。

法務と広報の助言が食い違うと、発信の遅れや表現の矛盾につながります。初期段階から両者を同席させ、社長が判断する体制を整えます。
判断5:事業への影響をどこで線引きするのか。止める範囲と、収束後に残るもの
「止める範囲」の判断はコスト側に傾きやすい
製品を回収するのか、販売を止めるのか、営業を自粛するのか。この線引きは最終的に経営トップが責任を負う判断で、しかもコストの側に傾きやすい性質を持っています。
線引きの判断軸は次の3つです。
- 被害者や被害拡大の可能性があるなら、止める範囲は広めに取る。行政への報告義務がある事案では、報告は止める範囲の判断とは別に必ず行う
- 取引先や金融機関への説明は、公表と同時か直前に行う。報道で知らせる形にしない
- 従業員への説明を後回しにしない。社内が知らない情報が外に出ると、二次的な混乱を生む
収束後も検索結果に残る。線引きにはその後に残るものまで織り込む
ここが、私たちエルプランニングが最も強調したい点です。会見や公表の判断は当日で終わりません。社名で検索したときに1ページ目に何が残るかは、公表の仕方や続報の有無に左右され、採用や取引に長く影響することがあります。
ブランドセキュリティ事業部で検索結果を監視していた私の経験の範囲では、初動の判断が遅れた会社ほど、ネガティブな検索結果が長く残りやすいと感じています。だからこそ、線引きの判断には「事業を止めるコスト」だけでなく「検索結果とSNSに残る痕跡のコスト」を入れてください。
研修でこの感覚を疑似体験しておくと、有事に「止める」側へ踏み切りやすくなります。炎上発生から収束までの対応全体は炎上対応ガイド:リスクを最小限に抑えるための対策と手順にまとめています。
よくある質問(FAQ)
Q: クライシスコミュニケーション研修の費用はいくらくらいかかりますか?
多くの研修会社は個別見積もりです。公開されている料金を見ると、記者役を立てて模擬会見を行う経営層向けの研修は、半日から1日で数十万円からが目安になります。記者役の人数や実施時間、自社の事案を想定したシナリオを作り込むかどうかで金額は変わります。
エルプランニングのSNSリスクリテラシー研修もオーダーメイド型で、対象や内容に応じてお見積もりしています。
Q: 中小企業でも記者会見を開く必要はありますか?
知名度や規模ではなく、被害者の有無、二次被害の可能性、影響を受ける人数、社会的関心の高さで決まります。該当しなければ、ホームページでの公表と関係者への個別説明で足りる場合が多いです。
Q: 弁護士とPR会社、どちらに先に相談すべきですか?
順番をつけるのではなく、初期段階から両方を同席させるのが原則です。どちらか一方の助言だけで決めると判断が偏ります。個人情報の漏えいのように法定の報告期限がある事案では、期限の確認を最優先にしてください。
Q: 研修は社長だけが受ければよいですか?
判断を下すのは社長でも、判断材料を集めて会見で説明するのは役員や広報、法務の担当者です。対策本部のメンバーで受けると、有事の役割分担がそのまま訓練できます。研修の設計については【研修担当者様向け】効果的なSNSリスク研修を設計するための3つのポイントが参考になります。
Q: クライシスコミュニケーションとリスクコミュニケーションは何が違いますか?
リスクコミュニケーションは平時に想定されるリスクを関係者と共有する活動です。クライシスコミュニケーションは危機への対応を中心とした情報開示の活動で、定義によっては未然防止も含みます。この記事で扱った5つの判断は、いずれも危機が起きた後の判断と情報発信に属します。
まとめ
社長が有事に迫られる判断は、公表するか、誰が出るか、会見か文書か、法務と広報のどちらを聞くか、事業をどこまで止めるかの5つです。共通するのは、決めるのが遅れること自体が二次被害になるという点でした。経営層向け研修の価値は、話し方ではなく「決める速さ」を事前に身につけることにあります。
守りの判断を持っている社長ほど、攻めのWEBブランディングにも安心して踏み出せます。平時の体制づくりは中小企業に必要なコンプライアンス意識!まずは経営者の意識改革からもあわせてご覧ください。
エルプランニングでは、15年以上・5万件以上の風評被害対策の実績をもとに、オーダーメイド型のSNSリスクリテラシー研修を提供しています。対象や内容は企業ごとに設計できますので、経営層向けに「有事の判断」を軸にした内容をご希望の場合もご相談ください。

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