炎上対策

経営者のディープフェイク動画が拡散した時の初動対応

経営者のディープフェイク動画が拡散した時の初動対応

「社長の動画がSNSで出回っています」

取引先や社員からの一本の連絡で、経営者の偽動画の存在を初めて知る。そんな事態が現実に起きています。2023年には当時の首相の偽動画が約1時間で作られ、Xへの拡散投稿から翌日までに232万回以上再生されたと報じられました。

私は以前、当社のブランドセキュリティ部門で風評被害対策を担当していました。その経験から言うと、この種の被害は最初の数時間の動き方で結果が大きく変わります。

この記事では仕組みや予防の話はせず、「拡散が発覚した後」に絞って、やるべきことを時系列で解説します。ディープフェイクの基礎知識や見分け方はフェイクニュース、ディープフェイクにどう備える? 2026年以降のデジタルリスク最前線にまとめてありますので、あわせてご覧ください。

【この記事の結論】経営者の偽動画が拡散したときの初動対応 5つのポイント
  • 最初の1時間にやるべきことは「①証拠保全 → ②事実確認 → ③窓口の一本化」の順番。削除依頼から始めるのはNG
  • 削除依頼の前に、動画本体・投稿URL・日時・拡散数を時刻入りスクリーンショットで記録する(投稿が消えると投稿者特定の手がかりも消えるため)
  • 削除申請は各SNSの「なりすまし報告」から無料で自社ででき、情プラ法により大手事業者は原則7日以内に対応可否を通知する
  • 公式声明は「当社発信ではない」と社内で断定できた時点で、全容解明を待たずに第一報を検討する
  • 投稿者特定に必要なアクセスログは3か月程度で消去されることがあるため、法的措置を視野に入れるなら早めに弁護士へ相談する

経営者の偽動画を発見したら、削除を急がず証拠を保存。事実確認と窓口の一本化まで、最初の1時間に進めることが被害拡大を防ぎます。

目次
  1. 経営者のディープフェイク動画が拡散したら最初の1時間ですべき3つのこと
  2. ディープフェイク動画の削除依頼・通報の方法【プラットフォーム別】
  3. 偽動画への公式声明・注意喚起はいつ・何を出すべきか
  4. ディープフェイク被害の法的措置と相談先:警察・弁護士に何ができるか
  5. 削除して終わりではない:再拡散の監視と検索結果への波及対策
  6. よくある質問(FAQ)
  7. まとめ

経営者のディープフェイク動画が拡散したら最初の1時間ですべき3つのこと

先に結論です。順番は「証拠保全→事実確認→窓口の一本化」。削除依頼から始めたくなる気持ちは分かりますが、少しだけ待ってください。

①証拠保全:削除依頼より先にスクリーンショットとURLを記録する

投稿が削除されると、投稿者を特定する手がかりも一緒に消えます。だから保全が先です。記録しておくものは次のとおり。

  • 動画そのもの(画面収録で保存)
  • 投稿URLとアカウント名・ID
  • 投稿日時と、確認時点の再生数・拡散数(時刻入りのスクリーンショットで)
  • コメント欄の反応

発信者特定に必要なアクセスログは、事業者やログの種類によって保存期間が異なり、一般に3か月程度など短期間で消去されることがあります。後で投稿者の特定に進む可能性があるなら、記録後は弁護士に相談し、ログの保存要請や消去禁止命令を早めに検討してください。

②事実確認:「本物ではない」と社内で断定するプロセス

AIによる真偽判定の前に、社内でやれることがあります。該当する発言・撮影・登壇が実在しないか、本人と秘書・広報で確認する。元素材に使われた可能性のある公開動画(決算説明会、講演、インタビュー)を特定する。この2つです。

「当社が発信したものではない」と社内で断定できて初めて、対外的な発信に進めます。

③社内エスカレーション:広報・法務・経営層で窓口を一本化する

広報・法務・経営層(本人)を含む対応チームをすぐに集め、対外的な回答窓口を一つに絞ります。部署ごとにバラバラの回答が出ると、それ自体が二次被害になるからです。

社内の報告・承認フローの整え方は炎上は「スピード」が命!鎮火を早める社内報告・承認フローの作り方で詳しく解説しています。

ディープフェイク動画の削除依頼・通報の方法【プラットフォーム別】

なりすまし報告と権利侵害申告の使い分け

通報には大きく「なりすまし報告」と「権利侵害申告」の2系統があります。YouTubeはなりすましポリシーで、AIにより個人の声や姿をコピーする行為を明確に禁止しています。FacebookとInstagramにはなりすまし報告の専用フォームがあり、Facebookは自社アカウントがなくても報告できます。

XやTikTokもアプリ内の報告メニューから「なりすまし」を選んで通報します。申請時は「経営者本人へのなりすましである」ことを具体的に書くと、審査側が判断しやすくなります。

情プラ法に基づく権利侵害の申出は判断・通知が「原則7日以内」

2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法で、削除申出への対応ルールが整備されました。指定された大規模プラットフォーム事業者に対し、権利を侵害された本人などが所定の情報を示して申し出た場合、事業者は削除等の措置を講ずるかどうかを判断し、原則7日以内に申出者へ通知する義務があります。

ただし、7日以内の削除を保証する制度ではありません。本人が否定している事実や元素材との対比を根拠として添えると、判断はさらに早まります。

削除に応じない・削除が追いつかない場合の次の一手

それでも削除が追いつかないケースはあります。ZOZO創業者の前澤友作さんは、自身をかたる投資詐欺広告が削除されないとして、2024年にMeta社などを提訴しました。広告掲載の差し止めに加え、違法性を司法の場で明らかにする目的で1円の損害賠償を求めたことでも話題になりました。

プラットフォーム対応で止まらなければ、弁護士を通じた送信防止措置の依頼や仮処分の申立てに進みます。詳しくは法的措置の段落で説明します。

偽動画への公式声明・注意喚起はいつ・何を出すべきか

「当社発信ではない」と確認できたら全容解明を待たず第一報を検討する

危機対応では、沈黙が肯定と受け取られることもあります。「当該動画は当社・当人が発信したものではない」と社内で確認できたら、全容の調査完了を待たずに第一報を検討します。拡散規模や詐欺サイトへの誘導、問い合わせの発生状況を見ながら、発信の要否と強さを決めてください。

第一報に入れる要素は4つ。

  • 対象動画の特定情報
  • 当社発信ではないこと
  • 詳細は確認中であること
  • 問い合わせ窓口

です。なお、これは自社に非がないなりすまし被害の声明であり、不祥事の際の謝罪文とはまったくの別物です。

注意喚起の実例に学ぶ:首相官邸・被害企業の文面

実例を見るのが早道です。首相官邸は2026年1月に「偽動画に御注意ください」という注意喚起を公開しました。前澤氏が関わるカブアンドも、偽の動画広告に対する注意喚起を公式サイトに掲載しています。

共通する構成は、何が起きているか、公式のものではないこと、取ってほしくない行動(リンクを開かない・送金しない等)、公式情報の場所、の4点。この型に沿えば、緊急時にゼロから文面を悩まずに済みます。

逆効果を避ける判断軸:反応することで火を大きくしないか

反応そのものが火を大きくすることもあります。経営者本人のアカウントでの感情的な反論、拡散元への直接リプライ、情報統制のないままの全社一斉共有は避けてください。

拡散がまだ小規模な段階では、大々的な言及がかえって認知を広げてしまうこともあります(ストライサンド効果と呼ばれます)。拡散状況を監視しながら、発信の強さを段階的に上げていくのが現実的です。

ディープフェイク被害の法的措置と相談先:警察・弁護士に何ができるか

問える罪と権利:名誉毀損・信用毀損・偽計業務妨害・肖像権

ディープフェイクの作成自体を直接処罰する法律は、今の日本にはありません。ただ、手立てがないわけではなく、内容に応じて名誉毀損罪・信用毀損罪・偽計業務妨害罪などに問える可能性があります。

民事では肖像権や氏名権の侵害を主張できます。なりすまし詐欺広告を違法化し、プラットフォーム事業者の本人確認・削除義務や、義務違反への罰則を含む法整備を求める提言も出ています。ただし、2026年8月時点では法制化の検討段階です。

発信者情報開示請求と損害賠償は「時間との勝負」

匿名の投稿者は、発信者情報開示請求という手続きで特定できる可能性があります。ここで効いてくるのが、最初に行った証拠保全です。

発信者特定に必要なアクセスログは、事業者やログの種類によって短期間で消去されることがあります。ログが消えると特定が難しくなるため、早めの対応が必要です。弁護士費用と所要期間は、手続きや請求先によって異なります。個別の見通しは相談時に確認してください。

相談窓口マップ:どの被害ならどこに相談するか

状況相談先
緊急性の判断がつかない警察相談専用電話「#9110」
削除依頼の進め方を相談したい違法・有害情報相談センター
投資詐欺型の偽広告を見つけた金融庁の情報受付窓口
投稿者特定や損害賠償まで進めたいネット問題に強い弁護士

警察庁の統計では、SNS型投資詐欺の被害額は令和7年1月から11月だけで約1,071億円。きっかけとして最も多いのがバナー等の広告です。経営者の偽動画はこの種の詐欺の「素材」として使われるため、放置は自社の信用問題だけでは済みません。

削除して終わりではない:再拡散の監視と検索結果への波及対策

転載・切り抜きの再拡散をツール+人の目で監視する

元動画を削除しても、転載・切り抜き・ミラー動画が次々に現れます。動画はテキストと違って検索で見つけにくく、担当者の目視巡回だけでは追い切れません。ツールによる検知と、人の目による文脈判断を組み合わせた監視が現実的です。

当社エルプランニングでも、ツール監視と有人監視を組み合わせたネット監視サービスを提供しています。監視がなぜ必要かは企業の炎上対策監視とSNS監視をする必要性は?でも解説しています。

検索結果・サジェストに残る「デジタルタトゥー化」を防ぐ

騒動が収まっても、「社名 ディープフェイク」「経営者名 偽動画」といった検索候補や検索結果は残り続けることがあります。私がブランドセキュリティ部門にいた頃、企業名で検索するとネガティブな情報が上位に表示され、採用応募が目に見えて減っていた会社を担当しました。

数年前の話題でも、検索結果に残っている限り影響は続きます。検索結果の1ページ目を正確な情報で満たすブランドSEOや、サジェスト対策まで含めて、収束後の設計をしておきたいところです。

初動の速さは平時の備えで決まる

結局のところ、初動の速さは平時の準備で決まります。

  • ネット監視による早期発見(発見が早いほど選べる選択肢が増える)
  • 本記事の流れを自社向けの対応マニュアルに落としておく
  • 経営者の公開動画・音声素材の管理(偽動画の学習素材になり得ます)
  • 音声やビデオ会議のなりすましへの備え(別経路での本人確認や合言葉)

最後の項目は大げさな話ではありません。海外では本社CFOをかたるディープフェイクのビデオ会議で約40億円が詐取された事件が実際に起きています。フェラーリでは、幹部が「本人しか知らない質問」を投げ返したことで詐欺を見破りました。

関連リンク: ディープフェイクによるなりすまし詐欺で約40億円の被害が発生

よくある質問(FAQ)

Q: ディープフェイク動画の削除依頼は自社でできますか?弁護士に頼むべきですか?

プラットフォームへのなりすまし報告や削除申請は無料で、自社だけで進められます。削除が進まない場合や、投稿者の特定・損害賠償まで進める場合は弁護士に相談してください。弁護士資格のない「削除代行」業者への依頼は非弁行為にあたる恐れがあるため避けましょう。

Q: 偽動画かどうか社内で断定できない場合はどうすればいいですか?

本人と同席者への事実確認、元素材になり得る公開動画の特定が先です。断定できない段階では対外的な断言を避けつつ、証拠保全と監視は並行して進めてください。技術的な判定が必要なら、ディープフェイク検知ツールやフォレンジック調査会社という選択肢もあります。

Q: 注意喚起を出すとかえって拡散が広がりませんか?

その可能性はあります。拡散が小規模のうちは静観と監視、被害相談や問い合わせが発生し始めたら公式サイトで注意喚起、というのが一つの目安です。感覚ではなく、拡散状況のデータを見ながら段階的に判断してください。

Q: 投稿者を特定して損害賠償を請求できますか?費用と期間はどのくらいですか?

発信者情報開示請求で特定できる可能性があります。弁護士費用と所要期間は、手続きや依頼先によって異なります。発信者特定に必要なアクセスログは短期間で消去されることがあるため、早めに弁護士へ相談してください。

Q: 音声だけのなりすまし(AI音声の電話やビデオ会議)も同じ対応でいいですか?

SNSで拡散する偽動画と、社内や取引先を狙うなりすまし電話・会議では対応が異なります。後者は送金プロセスの停止と警察相談が最優先です。音声だけの指示では送金しない、別経路で本人確認する、といったルールを平時に決めておいてください。

まとめ

経営者のディープフェイク動画への対応は、順番がすべてです。証拠保全、事実確認、窓口の一本化。そのうえで削除依頼と公式声明、必要に応じて法的措置、収束後の監視と検索結果対策まで。証拠の記録や社内連携は自社でも始められます。

一方、真偽判定や投稿者特定、法的措置には専門家の支援が必要な場合があります。対応が遅れると、ログの消去などによって一部の選択肢が失われる可能性があります。一度失われた信頼を取り戻すことがどれほど大変か、私は現場で何度も見てきました。だからこそ、発見の早さと初動の正しさに投資してほしいのです。

エルプランニングでは、監視体制づくりから検索結果・サジェスト対策まで無料でご相談を受け付けています。まずは自社の監視体制の点検から始めてみませんか。

監修者
清水陽平弁護士

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